「それって主観ですよね?」を乗り越える――客観とは「主観の集まり」であるという話
クォーター末の評価面談や1on1で、メンバーの振り返りをサポートしているとき、こんなすれ違いに出くわしたことはないでしょうか。
マネージャー:「今期の新規機能リリース、やり切ったのは素晴らしいね。ただ、この振り返りシートを見ると『予定通り完遂して満足している』という記述にとどまっている。もう少し客観的な視点で自分の成果や影響範囲を振り返ってみてほしいんだ」
メンバー:「客観的、ですか? でも期日は守りましたし、大きなバグも出していません。『もっと客観的に』とおっしゃいますけど、それって結局はマネージャーの主観(個人の期待値や好み)で『まだ足りない』と言っているだけじゃないですか?」
こう返されて、思わず言葉に詰まってしまう。
メンバーからすれば「期日を守ったという客観的な事実があるのに、なぜか上司個人の主観でケチをつけられた」という防衛反応なのかもしれません。しかし厄介なのは、そうやって「それってあなたの主観ですよね?」と反論してくる人に限って、完全に自分ひとりの主観(エゴや『自分が頑張った』という満足感)だけで成果を評価していることが多いという点です。
一方で、マネージャー側にも反省すべき点があります。単に「もっと客観的に見ろ」とだけ伝えるのは、フィードバックとしてあまりに解像度が低く、相手からすれば「上司の主観的な注文」に見えてしまっても無理はありません。
エンジニアリング組織における「客観的な振り返り」とは、神の視点のような絶対的な正解を当てることではありません。結論から言えば、「客観」とは「複数の主観(観点)を集め、重ね合わせて検証した合意」に過ぎないんです。
今回は、振り返りの場を硬直させる「主観ですよね?」の防衛線をどう乗り越え、メンバーに本物の客観的視点を獲得してもらうかについて考えていきます。
1. 「事実の羅列」は「客観的な成果」ではない
まず整理しておきたいのは、「事実」と「客観的な価値」の混同です。
振り返りで「客観性」を履き違えているメンバーは、往々にして無機質な事実だけを並べ立てます。
- 「期日通りにリリースを完了した」
- 「Pull Requestを今期40本作った」
- 「テストカバレッジを80%まで引き上げた」
これらは間違いなく客観的なデータ(事実)です。しかし、エンジニアリングの成果とは「コードを書いたこと」そのものではなく、「それによって誰にどんな変化をもたらしたか」という価値の創出にあります。
そこから先にある問い――
- 「その設計は、運用フェーズに入ったSREチームの負荷を減らしたのか?」
- 「新機能は、CS(カスタマーサポート)の問い合わせ削減やユーザー体験の向上に寄与したのか?」
- 「期日を守るためにショートカットした部分が、チーム全体の認知負荷を上げていないか?」
これらに対する評価は、もはや単一の数値だけでは測れません。関係者それぞれの立場や文脈に基づいた「主観的な評価」が不可欠になります。
「事実を並べたから客観的だ」と思い込んでいる人は、自分に都合のいい事実を盾にして、周囲に与えた影響という本質的な検証から目を背けてしまっているのです。
2. 「それってあなたの主観ですよね?」という防衛の正体
では、「それってマネージャーの主観ですよね?」と口にするメンバーの頭の中では何が起きているのでしょうか。
彼らは「絶対的な客観が存在しないこと」を、自己防衛のシェルターとして利用しています。「マネージャーの意見も主観、自分の自己評価も主観。主観と主観なら対等であり、私の自己評価を否定される筋合いはない」という、いわば「主観対等論」への逃走です。
しかし、すべての主観が等価なわけではありません。主観には明確なグラデーションが存在します。
- 未熟な主観(単一の主観): 「自分としては満足のいくコードが書けた」「徹夜して頑張ったから120%達成だ」という、観測点が自分ひとりしかない閉じた視点。
- 検証された主観(客観に近い状態): 「使ってくれたユーザー」「引き継いだ運用担当」「コードを読んだ同僚」「数字を追うビジネスサイド」など、複数の観測点(他者の視点)を集め、突き合わせて検証された視点。
客観性を求められたときに「あなたの主観ですよね」と返す人は、他者の視点を取りに行くコストを支払うことを拒否しています。自分の視界の外にある現実を見ないようにして、「個人の好みの押し付け」という言葉で相手を牽制し、対話のシャッターを下ろしてしまっているわけです。
3. 客観の正体は「テスト観点の網羅性」と同じである
ITエンジニアにとって、この構図は「テストの網羅性」になぞらえると非常にわかりやすいはずです。
自分ひとりの認識(「期日通りに良いものを作った」)だけで満足している状態は、いわば「自分が書いたハッピーパス(正常系)の単体テストが1本通っただけで『このシステムは完璧に動く』と言い張っている」ようなものです。
開発者自身が通ると思い込んでいるルートをなぞれば、テストがグリーンになるのは当然です。しかし、実際のプロダクション環境ではそれだけでは通用しません。
- 予期せぬ入力値(エッジケース)を入れたらどうなるか?
- 高負荷がかかったときに耐えられるか?
- 外部サービスがダウンしたときの異常系ハンドリングはできているか?
多様なテスト観点(異常系・負荷・セキュリティ・E2Eなど)を網羅して初めて、「このコードは堅牢である」という客観的な品質が担保されます。
人の評価や振り返りもまったく同じです。自分ひとりの主観という「正常系テスト」だけで安心するのではなく、周囲の視点という「異なるテスト観点」をいくつ通せたか。
- 同僚の観点(可読性・レビュー負荷のテスト):「PRが大きすぎてレビューコストが跳ね上がっていなかったか?」
- SREの観点(運用性のテスト):「メトリクスやログ設計が不十分で、障害時のトリアージを困難にしていないか?」
- PdM・事業側の観点(ビジネス価値のテスト):「仕様変更に対して柔軟なアーキテクチャで応えられたか?」
これら複数のテスト観点(他者の主観)をぶつけ、検証をパスして初めて、「客観的な成果」としての輪郭が浮かび上がってきます。
つまり、振り返りにおける客観性とは、どこかにある絶対的な真理ではなく、「他者の視点というテストケースをどれだけ網羅して自分の仕事をアサーション(検証)できたか」というカバレッジの高さそのものなのです。
4. 上司が「客観的な振り返り」を支援するためのアプローチ
もしメンバーが「主観対等論」に逃げ込みそうになったり、振り返りが自分の殻に閉じこもったものになっていたりする場合、上司はどうサポートすべきでしょうか。
「客観的になれ」という抽象的なお題目を投げるのは悪手です。マネージャー側が「テストケース(観点)を増やすための足場」を具体的に提供する必要があります。
① 「テスト観点(ステークホルダーの視点)」を指定してシミュレーションさせる
メンバーの閉じた主観をこじ開けるには、「別のテスト観点」を強制的に走らせる問いかけが有効です。
- 「このリポジトリを3ヶ月後に初めて触る新入社員の視点に立ったら、今回の設計はどう評価されると思う?」
- 「深夜2時にアラートで叩き起こされたオンコール担当の視点で、今回のエラーハンドリングを見るとどう感じる?」
- 「今回の成果を、開発チーム以外のステークホルダー(営業やCS)に説明するとしたら、彼らはどの部分を一番喜んでくれるだろう?」
「お前の主観は間違っている」と直接否定するのではなく、「他者の観点」で自分のコードや成果をテストさせることで、自分の正常系テストがいかに狭い範囲しか見ていなかったかに自ら気づかせます。
② 「事実」と「解釈(主観)」を分離し、マトリクスで言語化させる
振り返りシートのフォーマット自体に「他者の視点」を組み込むのも効果的です。
| 項目 | 内容 |
| 客観的事実 | 予定期日通りに本番リリース完了、重大インシデント0件 |
| 自身の主観(自己評価) | 新規技術の選定もうまくいき、満足度の高い実装ができた |
| 他者の主観(ステークホルダー視点) | ・レビュー担当「差分が1500行あり、確認に丸2日奪われた」 ・運用担当「ログ出力のフォーマットが既存と異なり監視しづらい」 |
| 重ね合わせによる客観的課題 | 個人の開発スピードは担保できたが、チーム全体の運用・保守コストを犠牲にした |
このように、「自分の主観」と「他者の主観」を並列に置かせることで、「自分は満足したが、関係者には負荷をかけた」というチームとしての現実が浮き彫りになります。
③ 「振り返り前のミニヒアリング」をプロセスとして義務付ける
自律的に他者の視点を集められないメンバーに対しては、振り返りの準備プロセスとして「関係者2名へのヒアリング」をあらかじめ組み込んでしまいます。
「今回の振り返りを書く前に、ペアを組んだ〇〇さんと、運用の△△さんに『今回の開発でやりにくかった点・助かった点』を10分だけ聞いてきてほしい」と依頼するのです。
一次情報として「他者のリアルな主観」を耳に持ち帰らせることで、振り返りの場に「自分ひとりの思い込み」を持ち込ませない環境を作ります。
5. まとめとして
「それってあなたの主観ですよね?」という言葉は、思考を止め、他者の視線から自分を守るための便利な防衛策です。
しかし、ソフトウェア開発がチームスポーツである以上、自分ひとりの主観だけで完結する成果など存在しません。
自分ひとりの正常系テストが通っただけで満足せず、チームメンバーや運用担当、ユーザーといった多様なテストケースを泥臭く通し続けること。客観的な振り返りとは、「主観を排除すること」ではなく、「他者の主観というテスト観点をどれだけ網羅できたか」というカバレッジの勝負なのです。


